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神戸地方裁判所 昭和33年(行)21号 判決

原告 関西不動産株式会社管財人 東野村弥助

被告 神戸地方法務局長

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は「被告が原告に対し、神戸地方法務局昭和三三年登異第一号証記官吏の処分に対する異議申立事件について、同年八月一五日なした決定はこれを取消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、その請求の原因として、

一、訴外関西不動産株式会社は昭和三〇年六月二二日大阪地方裁判所で破産宣告を受け、原告が同日その破産管財人に選任せられた。

二、別紙目録記載物件(以下本件物件という)は、もと株式会社日本勧業経済会が所有していたが、昭和二九年三年六日神戸地方法務局姫路支局受付第一、七四二号で関西不動産株式会社のため信託行為による所有権移転登記及び信託登記がなされ、同訴外会社が所有していた。

三、ところが、本件物件について、登記義務者を前記日本勧業経済会と表示した登記申請書に基き、昭和二九年六月一〇日右支局受付第四九七四号をもつて吉岡義次のため売買を原因とする所有権移転登記及び前記信託登記の抹消登記(以下本件登記という)がなされた。

四、しかしながら、本件登記がなされた当時、本件物件については前第二項記載の各登記が登記簿上存在していたのであるから、登記簿上の登記義務者は関西不動産株式会社であつて、本件登記申請書には同訴外会社を登記義務者として表示すべきであり、仮に右申請当時、前記信託契約が既に解除され、実体的に、本件物件が前記日本勧業経済会に帰属していたとしても、その旨の各登記が完了した後でない限り、右の事理になんらの差違を来すべきものではないから本件登記の申請は不動産登記法第四九条の規定によつて受理さるべきものでなく、当然却下さるべきものであつた。しかるに前記支局登記官吏は右のかしを看過して該申請を受理し、本件登記を経由したのであるから、原告は右登記官吏の処分を不当であるとして、被告に対し本件登記の抹消を求めるため同法第一五〇条による異議の申立をしたところ、被告は神戸地方法務局昭和三三年登異第一号事件として審理した結果、同年八月一五日付決定をもつて原告の異議申立を棄却した。被告が右決定において異議申立を棄却する理由としたところは、不動産登記法第四九条第三号以下に該当する場合にあつても一旦登記が完了した以上、職権をもつて右登記を抹消すべき手続については同法上規定が存しないこと、本件の場合は同法第四九条第六号に該当する場合であるから登記を終えた以上は異議の申立は許されないというにある。

五、しかし、第一五〇条は異議申立の対象となり得る処分についてはなんらの限定を加えていないのであつて、第四九条第三号以下に該当する場合においても異議申立の対象となり得ると解すべきである。同法第一四九条の二及び五の規定は、第四九条第一、第二号該当の場合には異議申立を待たず、職権をもつて自ら登記を抹消することができるという簡易な登記抹消手続を定めたに過ぎない。故に、登記義務者が第四九条第一、第二号該当の事由を発見したときはその旨を登記官吏に告げて職権発効を促せば足りるのであつて、また、登記官吏も同法第一五七条所定の決定を待つことなく登記の抹消をなし得るのである。もし登記官吏が登記義務者の注意にかかわらず職権の発動をしない場合には、このことを理由として第一五〇条の異議申立をなし得るものであるが、これは同条により異議申立をなし得る場合を第四九条第一、第二号該当の場合に限り、同条第三号以下に該当する場合を除外するものと解すべき理由とはならず、この場合においても異議申立の方法により同法第一五七条所定の登記の抹消によることができると解すべきである。そして本来登記義務者でない前記日本勧業経済会を登記義務者としてなした本件登記は明らかに第四九条違反の不当処分で、かつ、その違法が登記簿の記載からして一見明白であるから、これに対して第一五〇条所定の異議を申立て得るのは当然であつて、これを制限する如何なる根拠もない。

以上の理由により、原告の異議申立を棄却した被告の本件決定は違法であるから、その取消を求める。

更に、被告の本案前の抗弁並びに答弁に対し次のとおり述べた。

六、第一五〇条以下の異議申立に関する規定は、行政事件訴訟特例法の制定に伴い、従前の登記所の部内における抗告制度を改めて、同法第二条所定の出訴の前提要件として定められたものであり、適当な異議申立事由については究極的に裁判所の公権的判断を受け得ることになつたのであるから、被告主張の如く同法第四九条第三号以下の場合に異議の申立を許さぬとすれば同条第一、第二号のみ裁判所の判断を受け得ることとなり、その他の事由については裁判所の判断を受ける途をとざしたことになるから不当である。

七、不動産登記法は登記の正確、適正を担保するために、その手続において厳格な形式的審査主義を採用しているのであるから、たとえ、その登記が実体的有効要件を具備したものであつても、その手続において本件の如く明白なるかしが存する場合にはそのかし自体を理由としてその違法な登記の抹消を求め得べきである。

八、本件のようなかしある登記の抹消を求めるためには登記上の権利者に既判力の及ぶ判決に基くことは必要ではない。なぜなれば、本件登記は既存の登記名義人を登記義務者として表示せず、別異の者を登記義務者として表示した登記申請書に基くものであり、既存の登記名義人に関与の機会を与えずして同人の登記上の利益を失わしめたものであつて、かかる利益の喪失者が常に現在の登記権利者に対し既判力の及ぶ判決によつてのみ自己の利益を回復せねばならぬとすれば、その者は自己のかかわりのない登記官吏の違法処分によつて甚しい犠牲を負わされることとなる。もともと現在の登記名義人は違法な形式的審査の結果、本来得べからざる登記上の権利を取得したものであるから、その者に対抗すべき判決によらずして、同じく形式的な異議手続によつてその権利を失うことがあつても、それは止むを得ないことというべきであつて、かえつて公平の原則に合致することとなる。

以上のとおりで被告の主張するところはいずれも理由がない。

被告指定代理人は、先ず本案前の抗弁として「本件訴を却下する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、仮に右抗弁が理由がないときは、本案の答弁として、主文同旨の判決を求めて、その理由として次のとおり述べた。

一、原告主張の事実中、第一、第三、第四の事実は認める。第二の事実のうち、本件物件について原告主張の如き登記が経由されていることは認めるが、同事実中その余の事実は不知である。結局本件訴は、地方法務局の長の決定が、不動産登記法第四九条第六号違反の不当処分については同法第一五〇条以下の異議申立手続によつてすでになされた登記の抹消を求めることができないとした違法があるとして、該決定の取消を求めるものであるが、登記官吏が、申請に基き一旦登記を完了した後は、右申請が不動産登記法第四九条第三号以下に該当する違法なものであつても、異議の方法により登記官吏が直接登記の抹消をなすべきことを求めることが許されない。

二、すなわち、本来受理すべきでない登記申請に対し、登記官吏が誤つてこれを却下せず、登記を完了した後には、その過誤が不動産登記法第四九条第一号及び第二号に該当するときには、その登記は、有効要件を欠き、当然かつ絶対に無効であり、その無効なることは当該登記自体から明白であるから、同法は、第一四九条の二第一項、第一四九条の五により、登記官吏において職権をもつて登記を抹消すべきものとし、登記官吏が職権抹消をしないときには、同法第一五〇条により異議の申立をなし得るものとしている。しかしながら、その過誤が同法第四九条第三号以下に該当するときにはそのようなことは許されない。すなわち、第三号以下のときにも異議申立を許すと解することは、結局同号以下をも登記の有効要件とすることを意味するが、第三号以下は登記の有効要件ではなく、手続上そのような過誤があつても、一旦なされた登記を当然無効たらしめるものではない。登記申請を受理するか否かを当然無効たらしめるものではない。登記申請を受理するか否かを登記官吏が審査する際には、相当厳格な形式主義が支配するが、それは、無効な登記の発生を予防する便宜的手段として画一的形式的な基準がとられているに過ぎないのであつて、そのような手段としての方法自体が目的なのではないから、申請に手続的瑕疵があつても、事実上登記がなされてしまつた後は、当該登記の有効無効は、実体上の権利関係の公示という登記制度本来の目的から登記が実体的有効要件を具備するか否かによりこれを決すべきであり、手続的瑕疵そのものだけを理由に無効と解すべきではないからである。また、手続的に瑕疵があり、従つて実体的にも無効の疑がある登記であつても、一旦登記された以上は登記名義人の利益に属する。ところで、登記の抹消に関しては、不動産登記法は、例外として第一四一条、第一四二条に該当する場合に限り登記権利者が単独で登記の抹消を申請できるものとしているほかは登記権利者が登記義務者と共同して申請することを要し、登記義務者以外の登記上の利害関係人あるときは、さらにその承諾書又はこれに対抗できる裁判の謄本を添付しなければならないものとしており(同法一四六条)、登記上の利益を除去できるのは、利益を有する者の意思に基くかその者に既判力の及ぶ判決に基く場合に限つている。まして、利害関係の関与しない手続で、その不知の間に、登記上の利益を奪うことになるような抹消は許されないところである。このことは、登記として当然無効の瑕疵ある同法第四九条第一、二号の場合にすら登記上の関係者に対し同法第一四九条の二所定の手続をとるべきことを命じていることからも明白であろうう。しかるに、同法第一五〇条以下の異議申立手続においては、登記上の利害関係人は、何等手続に関与する機会が与えられず、単に事後的に通知を受けるに過ぎないのであるから(同法第一五三条第二項、第一五四条)、異議申立の方法による登記の抹消を認めることは、登記上の利害関係人の関与しない手続で、その不知の間に、その者に既判力の及ぶ判決によることなく、登記上の利益を奪うような抹消を招来することになるのであつて、不動産登記法上許されないところであるといわねばならない。

三、以上の理由により、本件登記については、一五〇条以下の異議申立手続によつてその抹消を求めることは許されず、したがつて、かかる異議申立を棄却する旨の決定に対し、その取消を訴の方法により求めることも許されない。本件訴は、第四九条第六号該当のかしあることを理由に登記の抹消を申立てた異議に対する棄却決定の取消を求めるものであつて、不適法な訴として却下を免がれない。

仮に右主張が理由なしとするも原告の本訴請求は失当であるから棄却さるべきである。

理由

原告主張の事実中、第一、第三、第四の事実及び第二の事実のうち、原告主張の如き登記がなされていたことは当事者間に争がない。しからば本件登記手続は不動産登記法第四九条第六号の規定に反する違法の処分であると認めるべきである。

おもうに、不動産登記法第四九条各号に該当するかしある登記申請は登記官吏においてこれを受理してはならず、却下すべきものであるが、登記官吏の過誤により一旦登記を完了した以上、第一五〇条以下の異議申立によつて当該登記の抹消を求め得るのは、第一四九条の二及び五の規定により職権による登記の抹消を許した第四九条第一、第二号該当の事由の存する場合に限定されるのであつて、同条第三号以下に該当するときには異議の申立によつて職権による登記の抹消が許されないと解するのが相当である。しかしてその理由とするところは次のとおりである。すなわち、第四九条第一、第二号に該当する場合と同条第三号以下の場合とでは、その過誤の程度に本質的な差異を有するのであつて、前者にあつては、その程度が他の場合とは比較にならぬ程重大であり、その違法は当該登記自体から明白であるうえ、該登記を無効として登記官吏にこれが抹消を許すとしても、そのことが登記上の利害関係人に不測の損害を与えるものとは通常考えられない。それ故に同法は第一四九条の二、五の規定によつて第四九条第一、第二号該当の場合には当該登記を無効のものとして、登記官吏において職権をもつてその登記を抹消すべきものとし、登記官吏が職権の発効をしないときには第一五〇条により異議の申立をなし得ることとしているのである。しかしながら第四九条第三号以下の場合は一旦登記が完了した後にあつては、登記簿上の記載だけでは、その過誤が明らかでなく、またその過誤の程度は前二号に比し軽微であること前叙のとおりであり、しかも登記手続においては相当厳格な形式主張が支配するとはいえ、もともと手続的な方式はそれ自体が目的ではなく、それは実体的に無効な登記の生ずることを予防するための一つの形式的な手段に過ぎないのであるから、申請に手続的なかしがあつても事実上登記がなされて終つた後は、当該登記の有効、無効は実体上の権利関係の公示という登記制度本来の目的から、登記が実体的有効要件を具備するか否かにより、これを決すべきであつて、手続的かしそれ自体を理由に無効と解すべきでないこと、及び第四九条第三号以下の場合においては、第一四九条の二及び五の規定の如く、直接、職権による登記の抹消手続を定めた規定がないこと、更に登記として当然無効のかしがある第四九条第一、第二号の場合においてすら登記上の関係者に対し第一四九条の二、所定の機会を与えているにかかわらず、第一五〇条以下の異議手続においては登記上の関係者は単に事後的通知を受けるに過ぎないとしていることを併せ考えると、第四九条第三号以下の場合を登記の有効条件としているものとは考えられず、かかるかしの存する場合にあつても、一旦登記が完了した以上、該登記は有効であつて、もはや第一五〇条以下の異議申立手続によつてはその抹消を許さないものといわねばならない。してみると神戸地方法務局姫路支局登記官吏の本件登記手続についての不当処分に対して原告のなした異議申立につき、被告のなした本件異議棄却の決定には違法の点はなく、右決定の取消を求める原告の本訴請求は失当であるからこれを棄却することとする。ところで被告は本件訴を不適法で却下すべきであると主張するが、不動産登記法第一五〇条の規定による異議申立につきなされた法務局または地方法務局の長の決定は、つねに行政事件訴訟特例法第一条所定のいわゆる抗告訴訟の対象となるものと解する。したがつて本件の如く地方法務局長の決定が、不動産登記法第四九条第六号違反の登記官吏の不当処分に対する異議の申立につき、同法第一五〇条の解釈、適用を誤つた違法があるとして、該決定の取消を求める訴にあつても、裁判所は、直接、その違法性の有無、したがつて、本訴請求の当否について審究し、これを確定すべき職責を有するものであるから、被告主張のような理由で訴を不適法とすべき道理はなく、被告の右主張は採用できない。

よつて訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 村上喜夫 西川太郎 小河基夫)

(別紙目録省略)

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